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福井県武生市は約700年前から日本古来の火づくり鍛造技術、手仕上げという工程を守り続けている越前打刃物の生産地です。その始まりは京都の刀匠、千代鶴国安(ちよづるくにやす)が1337年に刀剣製作の適地を求めて来住し、武生の打刃物業者に刀鍛冶の高度な技術を教えたこととされています。千代鶴自身も鎌を打ったとのことで、武生の打刃物業の開祖として崇められ、その子孫も千代鶴と号し、国安・宗光・国秀などと名のりました。
武生の打刃物が全国に名をとどろかせるようになったのは、江戸時代中期の頃です。このころは主に越前鎌を中心に包丁・鍬(くわ)・鋤(すき)を生産していました。江戸末期から明治初期にかけては、福井藩や本多家の保護奨励策や行商などによる効果で、岐阜県関、新潟県三条、大阪府堺、兵庫県三木・小野と並ぶ刃物の大産地になり、繁栄を築きました。
近年では刃物産地としては全国で初めて経済産業省による伝統的工芸品の指定を受けました。独特の二枚広げや廻し鋼着けという技法を使い、切れ味鋭い包丁や鉈、鎌などを作っています。
その武生市で三代にわたって刃物を作りつづけている佐治氏。初代は鉈を作っていましたが、時代の流れとともに製品も変化を続け、現在は和式ナイフという独創的な世界を創り出し、そのファンは世界中に広がっています。
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佐治武士作
侍
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佐治武士作
くまおとし
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